創生児




俺は毎夜毎夜夢を見る。
しかもそれはけして良い夢では無い。
いや、はっきり言ってしまえば悪夢だろう。
まるで忍び寄る影のように、切っても切れない腐れ縁のように。
俺の後ろに、奴は這い寄ってきては俺を壊してやろうと画策している。
どうしてなんて考えずとも分かっていた。
……俺は奴で、奴は俺だから。


『……』

『どうした兄弟、もっと愉しそうな顔をしろよ』

『俺がこの状況で愉しそうな顔出来る訳無いだろ』

『何故だ?可笑しな話じゃないか』


パースの歪んだ町並み、誰も居ないのに聞こえる足音。
少し遠くの街頭はチカチカと点滅を繰り返し、それがまるで危険信号のように脳裏に瞬く。
鼻につく腐臭に、かと思えば華のように甘い香り。
脳がこの空間全てのものに拒絶反応を示しながらも、何処か郷愁を覚えている。
そんな混乱の中でも俺は何時ものようにポケットに手を伸ばした。


『……』

『この世界はお前が創ったんだ、まさにお前がこの世界での神だろ』

『……』

『神様は自分の創った世界を愛してやらなきゃ、……なぁ?』

『俺はこんな世界なんて創りたくも無かったよ』

『ッハ!……それってとても傲慢だな、分かってるのか』

『……分かってるさ、そんな事』


俺は弱弱しくそう答えながら、それでもポケットに入っていたナイフを取り出す。
例えこの世界を俺が構築したとしても、それでもやはり此処は好きになれない。
それは毎夜繰り返されるこの夢が俺を罰する意味を内包しているからだ。
そんな自傷行為のようなこの世界を愛する程、俺は被加虐的では無かった筈なのだが。
でもそんな俺の思考を読んだ、まるっきり俺と同じ姿の男が愉しげに笑って言葉を紡ぐ。


『愛してない、なんて言いながら何だかんだで必要としてるじゃないか』

『……仕方ないだろ』

『それは諦めか?それとも、捻くれてるのか』

『神様は何時だって退屈していて、尚且つ捻くれてるんだよ』

『……成る程ね』


俺の答えに満足げに笑った男はまるで鏡のようにポケットからナイフを取り出し、その刃を構える。
足元が泥のようにぬかるんで俺を引きずり込もうとするのを意識しながら、赤い光の下此方に向かってくる 奴の姿を捉えた。
そのじゃれるように繰り出された斬撃に俺は全く同じ軌道でそれに答えてみせる。
それでも俺が結局負けるのは分かっているのだが。


『……おいおい、ちょっとは俺の愉しみを尊重してくれよ』

『……』


不意に姿を眩ませた男が俺の背後に煙のように現れ、ナイフを首元に突きつけた。
俺がこの世界の神だといいながらも何時もこうなるのは笑える話だ。
黙りこくった俺の態度が気に入らなかったのか、後ろの男が不機嫌そうな声を出す。


『それで?今日は一体何回殺したいと思ったんだよ』          

『思ってない』

『嘘つくなよ、……何時だって思ってるだろ』

『思ってない』

『如何にも馬鹿っぽい奴らに、その周りに群がる女達』

『……』

『喚けば証明されるかのようにがなりたてる奴に、道の真ん中で泣き喚く奴』

『……』

『何度殺した?何度苛立った?言ってみろよ、その口で』

『そんな事……思ってない』


頑なにそう言い張る俺に痺れを切らしたのか、はたまた面倒になったのかは分からないが、後ろにいる 男は俺の首筋に当てていたナイフを外した。
そうしてそっと圧し掛かるように俺の肩に腕を乗せ、耳元で囁く。
同じ身長の筈なのにどうして俺を上から抱きしめられるのかと疑問に思ったが、振り向くことも出来ない。


『……分かってるだろ?』

『……』

『お前は何処までも汚れてるんだと、それが自分の【本性】だってさ』

『……』

『認めろよ。認めてみろよ、今すぐ、本音をぶちまけて本能のまま生きてみせろ!』

『……』


愉しげに笑う声に俺は聞きたくなくて耳を塞ぐ。
俺はそんな醜い心など持っていないのだと思っていたかった。
別になんの変哲も無い、言うなれば普通の人生を過ごしていたい。
何も多くのものは望んじゃいない。ただ、他人に後ろ指を指される事も無く、周囲の人間と同じように笑っていたいだけだ。
けれど俺の世界は、俺の心の中に住む男はそれすら許してはくれない。
だからこうやって何時までも俺を苛んでは愉しんでいる。
もう止めてくれといってみたところでそれは止まることも無い。
どうやってみたって俺は俺から逃れる術を持っていないのだから。
世間一般の常識を並べ立てた所でこの世界には通用する筈も無く、俺はだから何時も同じように俺を 苛む男の声を聞きながら怯えつつこの時間が終わるのを待つ。
どうか神様助けてくれ、と願ったところで其れこそ『神は何時だって気まぐれで捻くれている』のだから信用出来るわけも 無かった。


『……もう時間か』

『……』


耳を塞いでいるのに聞こえてくるその声に俺は漸く顔を上げた。
いつの間にか俯いていたらしい。
そうして背後に居た男が薄れて、そのまま俺の中に溶け込む感覚がした。


『……また明日、な。……兄弟』


全て溶け込んで、俺は俺の中から聞こえるその残酷な声に俺は知らぬ間に目を伏せる。
周囲がぐらぐらと回り始めまるで船酔いをした時のような思いの中俺は意識を飛ばした。



□ □ □



「……」

ふ、と目を覚ましたときに感じたのはどうしようも無い喉の渇きだった。
まだ翡翠が起こしに来ていないという事は起床の時刻よりかはまだ幾分か早いのだろう。
だが再び眠る気も起きずに俺はベッドサイドにあるテーブルに置いておいた眼鏡をかけ、白く清潔なベッドより身体を起こし、立ち上がる。
ぐっと背伸びをするように両手をあげれば全身が妙に軋んだ。
また嫌な汗をかいているから後でシャワーを浴びたほうが良いかもしれないなどと思いながら部屋にある カーテンの掛かった大きな窓に向かう。
そうして両手でカーテンの端を掴んで其れを開ければ、ガラスの向こうには何時もと同じように晴れた青い空が ただ冴え冴えと広がっていた。
何処までも広く、美しいその空の中を泳ぐように飛んでいく小鳥に思わず微笑んでから、不意に目の前に映っている自分の 姿に焦点が合う。


「……あぁ、……」


俺はかけていた眼鏡を外して、その姿をもう一度見てみた。
無数に広がる黒い線に、吸い込まれそうな程の黒い点。
それを身体に纏わりつかせている己の姿はとても歪で不愉快だ。
俺は不愉快ついでに夢の中で見た男と同じような笑みを浮かべてみる。


「……」


ガラスの中に浮かび上がったその姿は吐き気がする程にあの男と同じで、俺は心底嫌になり 眼鏡を掛けなおしてからさっさとシャワーを浴びようと窓から離れた。



-FIN-








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