「……ごめん、待ったか？」
街灯の下に居た俺にそう声をかけてきた奴の方を向く。
それは他の人間が見たなら良く似た兄弟か、はたまたドッペルゲンガーかのどちらかだと
思うだろう。
だが今は真夜中で、元々静かなこの街はこんな夜中に出歩く人間もそうそう居ないのだ。
俺はソイツに向かって手を挙げ、気がついている事を知らせれば、男はニッコリと笑って此方に
近づいてくる。
「なかなか抜け出せなくってさ……寒かっただろ」
「……別に、さっき来たばかりだ」
「……嘘付け、こんなに手冷えてるじゃないか」
そう言いながら男は戸惑う事無く此方の手を取り、両手で優しく包む。
俺はその手を離そうとしたが、思ったよりも強く握りこまれ、離すことが出来なかった。
じんわりとした温かさがそこからゆっくりと伝わってくる。
「あんまり触っていると、全部吸い尽くされるぞ」
「それでも良いよ」
冗談めかしてそう言えば、男はこちらの目を見てからそっと笑うものだから嫌でも顔に微かな熱が宿ってしまう。
本当に憎たらしいと思うのに、それでもこの手を離せないのは俺と男が同一体だからだろうか。
それとも男の言うとおり、俺とコイツは別の意識でもって惹かれあっているのか。
どちらにせよ男の言葉は余りにも非現実的なくせに甘いものだからどうしたって、逃げる術が思いつかない。
「良いのか……今日」
「ん？」
「色々と誘われてたんだろう？お前の事だし」
「……まぁ、そうだけど」
ずっと引っかかっていた言葉が未練がましく唇から勝手に漏れ出る。
俺よりも周りの人間にずっと愛されているこの男が、大切な日に逢う最初の人間が俺だという事が
信じられないのだ。
すると男は困ったような表情を作った後、俺の手を掴んでいた手を片方離し、上着の中ポケットから
何かを取り出す。
そうして俺の掌にそれをそっと乗せ、ニコリと害の無さそうな顔をして笑った。
俺はただただその光景に黙り込むばかり。
男が愛される所以は、このようなところにあるのだろう。
分かっている、分かっているというのにどうしたって男には絆されてしまうのだ。
こんなにも甘い男では無かった筈なのに、俺も、男も。
「……やっぱり、これ渡したかったしさ」
「……それだけか？」
「それに、最初に会うのはお前って決めてたんだよ」
「…………」
「……そんな顔するなよ、悪いことした気分だろ」
「…………そんな顔って、どんな顔だよ」
「んん？」
男の目が眼鏡の奥で愉しそうに細まる。
そうして俺の言葉に答える事をせず、黙って俺を抱きしめた。
人が居ないとはいえ、こんな野外で抱きしめられるのは余り好きでは無い。
だが、今日だけは許してやってもいいと思ってしまう。
「……あれ、これ……」
「！」
「……なんかポケットに入ってるよな？」
「…………」
「……七夜」
「……分かっているのに聞くんじゃない」
俺はナイフを入れている方とは反対側に入れていたものを取り出す。
何時か渡そうとは思っていたのだが、先に男が取り出したものだからなかなか渡せなかったのだ。
俺は男の胸元に取り出したものを押し付ける。
それは男が俺にくれたものとは形や大きさは違えども、包装され、リボンがかけられている事は同じだった。
「ほら……おめでとう」
「ありがとな、……七夜もおめでとう」
「だから俺は……」
「良いから良いから、……ほら、今日は俺に付き合ってくれるんだろ？」
「何時も付き合ってやっているだろうが」
「ハハ、そりゃ否定出来ないな」
男は少しも悪びれていないらしく、そのまま離れるのかと思いきや俺の手を取り軽やかに
歩き始めてしまう。
「さぁ、行こう」
その言葉に俺は一度肩を竦めてみせた後、ただ黙って男の手に引かれるまま夜の道を歩み始めた。
-FIN-
戻る