ルペルカリア・3




『なぁ、七夜……二月十四日、空いてるか?』

『……まだ分からない』

『じゃあ空けといてくれよ……良いだろ?』

『……』


そう言って手を握ると、小さく頷いた七夜に俺は高鳴る胸を押さえつつも、にっこりと笑って 見せたのだった。
……その約束をしたのが約一週間前。そうして今日は二月十四日なのだが。


「……悪い、遅れた」

「いや、そんなに待ってない」


真夜中の公園、外灯の下にある寂れたベンチに一人腰掛けながら、此方にやってきた人物に声を 返す。
当然のように俺の隣に座った自分と殆ど同じ顔をした人物に先ほどそう言って見せたがそれは嘘だ。
しかし約束の時間から大分遅れてやってきた七夜は妙に疲れた顔をしていて、それだけで責める気が 無くなってしまった。
しかもその腕には誰かから贈られたらしい幾つかの箱。
自分も人の事を言えるわけでは無いのだが、それでも気を使って部屋に貰ったものは置いてきた。
仕方ないと分かっていても目の前で見ると少しだけ切ないような気持ちになるから。
そんな事を考えていると俺の隣に座った七夜が此方を怪訝そうに見遣ってくる。
折角七夜と逢えたのに、気を使わせてはいけないと笑って見せるが、すぐに見抜いたのか七夜 が小さく囁いてきた。


「……怒ってるのか」

「別に怒っては無いよ」

「じゃあなんで怒っている時の癖が出てるんだよ」

「……え」


そう言われて指差された所を見ると、自分の膝を叩く人差し指。
癖と言われても良く分からなかったがそう言われるという事はそういうことなのだろう。
俺は苦笑しながら七夜に向かって首を傾げてみる。


「これって、もしかして癖だった?」

「気がついてなかったのか。……お前は苛ついている時に何時もしているぞ」

「いやー……無くて七癖ってよく言ったものだよなぁ……」

「……で?……何が気に食わなかったんだ」

「……」


俺はもう観念して、七夜の足元にある紙袋に入った幾つかの物を見る。
それだけで何となく俺が何を言いたいのか分かったのか七夜は弁解するように此処に 来るまでに何があったのかを語りだした。


「お前と約束しただろ、あの日」

「うん」

「その次の日だったかな……白レンにも言われて」

「…………」

「けどお前のが先だったから、貰えるなら貰うけど、っていう話になったんだ」

「……」

「だけど時間が掛かったみたいでさ……」

「……七夜」


そこまで聞いて、俺は話していた七夜の手を掴む。
自分から聞くような真似をしたのに止めたのは、折角一緒に居られるのに自分以外の話を している七夜を見ていて辛くなったからだ。
遅れた事も、貰った物を見せられても良い。
それでも七夜が此処に今、来てくれた事の方が余程大切なのだと思い出せたのだ。
俺はそのまま掴んだ手を絡み取り、両手で握りこむ。


「……なんだよ」

「やっぱり良いや、……それより俺の事見てて」

「……見てるだろ」

「そうじゃなくて」

「……し……」


此方を見ていた七夜が顔を逸らそうとした瞬間にその顔を追うように口付けを施す。
その唇に舌を這わせると戸惑うように揺れた瞳が愛らしくて、そのまま深く奥へと入り込む。
くちゅ、と水音が響いてゆっくりと離した後目を開けるとじわりと目を潤ませた七夜と目が合った。


「……ふざけんな、……急に、」

「……もっとしようか」

「だ、……」


話し始めた七夜の唇を再び塞ぎなおす。
ぎゅうと握られる手から伝わる低い体温が心地よかった。


「……っは、……」

「……ッ……」

「くそ……なん、で……急に……」

「ごめんな、嫌だった?」

「……そうやって女を誑かしているのか」

「……どうしてそう思う?」

「甘い」

「……は?」

「甘い味がする」

「……あー……」


そう言われて此処に来る前にほぼ無理矢理詰め込まれた菓子を思い起こす。
帰って来てから食べると言ったのだが、幾つかは食べてきたのでやはり分かるのだろう。
俺はそっと近い距離に居る七夜を見つめながら上着のポケットに仕舞い込んでいた小さな箱を 取り出す。


「……七夜」

「……?」

「はい」

「……」

「チョコレート、好きだろ」

「……」


そう言って取り出した箱を七夜の胸の辺りに押し付けるように渡すと七夜が困ったような顔を してそれを受け取った。
しかし七夜はそれを受け取ってから今度は自分自身のポケットに手を突っ込み、俺が取り出した のと全く同じ物を取り出し此方に渡してくる。
公園の外灯に照らし出された薄い水色の包装紙に包まれた箱は全く同じでやはり考える事は同じなのかと 思わず笑ってしまった。


「……何笑ってんだよ」

「いや、まさか全く同じ物渡すなんて俺とお前以外に有り得ないだろ」

「別に良いだろ」

「うん……良いよ、嬉しいから」

「……」

「……何照れてんだよ」


そう言いながら笑って七夜の髪を撫でるとそっぽを向いて膝についた腕に顎を乗せた七夜が 軽く頭を振ってその動きを拒否する。
しかし再び手を伸ばすと今度は拒否されなかったので、俺はその煙色の髪に手を這わせ、そっと 梳く。
柔らかなその感触は自分でいうのもなんだが心地よく、此方の心を和ませた。


「七夜」

「……なんだよ」

「ありがとな、貰えると思ってなかった」

「……別に」

「お前のそういう所、やっぱり素直じゃないよな」

「悪かったな」

「ん?いやいや、俺はお前のそういう所が好きなんだよ」

「……馬鹿は死んでも治らないっていうのは本当なんだな」

「……そんな事言って、なんだかんだ俺の事好きだろ、お前」

「自惚れが過ぎるぞ朴念仁」

「はいはい」


そういってベンチの背もたれに体を預けながら伸びをした俺に対し、七夜の腕が伸びてきて、 俺の膝を叩いたものだから面白くなってしまって思わず誰もいない真夜中の公園で声を出して笑ってしまった。



-FIN-






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