07.「ずっと好きだった」




隣に居た餓鬼が不意に此方に襲い掛かってくるのをぼんやりと眺める。
しかし、そんなオレとは対称的に此方の膝の上に跨り、刃を首元に当ててくる餓鬼は何故か眉を寄せ、苦しげな表情をしている。
餓鬼が復讐を果たしたいと願うのならば其れでも構わない。
この馴れ合いの果てに裏切りを受ける可能性も無いわけではなかったのだから。
だからこんなにも容易く急所を晒した己の力量の無さを思えども、けして餓鬼を恨みはしないだろう。
それとは別に浮かび上がってきた思いを押さえ、無表情を装う。
しかしそのまま餓鬼を見ていると、餓鬼が吐き捨てるように呟いた。


「……なんでそんな顔するんだ、アンタ」

「……」


そのまま視線を逸らした餓鬼に、何か声を掛けてやるべきかと思いつつも元来他者に言葉を掛けるのは苦手だ。
だからオレは己でも可笑しいと思いながらも餓鬼の頬に手を伸ばし、微かに逃げようと顎を引くのを止めた。
そうしてその思っていたよりも滑らかな頬から手を動かして餓鬼の唇に親指を這わせる。
乾いたその唇を撫でると、餓鬼が戸惑うようにその唇を開いた。


「……止めろ」

「……」

「…………やめろって……」


首元に押し当てられる刃に込められる力が強まったのを感じたが、気にせずに唇を撫でる。
オレはそのままもう片方の手で餓鬼の刃を持っている手首を掴んだ。
そうして首元から刃を外し、餓鬼の手を引く。
然したる抵抗も見せず此方に捕まった餓鬼は不安げな瞳をしたまま此方を見遣ってくる。


「……別にオレはお前が仇を討つ為にオレに近づいたのだとしても構わない」

「……」

「其れでもお前と共に語るのは酷く楽しめた」

「……ッ……」

「だが……お前は違ったのか、七夜」


真っ直ぐにその色素の薄い瞳を見据えながら低く唸るように囁くと、ビクリと身体を震わせた餓鬼が視線を逸らそうとする。
オレはそんな餓鬼の唇に這わせていた指を動かし、その顎を掴んで視線を逸らせないようにしながら更に言葉を紡いだ。


「……答えろ」


そんなオレの言葉に黙り込んだままの餓鬼を見据えていると、その薄い色素の瞳が微かに潤み始めているのに気がつき、動揺してしまう。
餓鬼に裏切られたオレが無念の涙を流すのならば道理としてはあるだろうが、 まさか餓鬼がそのような反応をするとは思ってもみなかった。
なので自分でも甘いと思いながらもそんな餓鬼に先ほどの怒りを込めた声とは異なり、 為るべく柔らかな声音で戸惑いながらも囁いてやる。


「……何も泣く事は無いだろう」

「……泣いてなどいない……!」


強がりを見せる餓鬼にオレは顎を掴んでいた手を動かして、その目元を拭ってやる。
ほんの僅かにではあるが指先に湿った感覚を覚え、餓鬼を覗き込む様にすると力の篭もっていた餓鬼の身体から力が抜けるのを感じた。
オレはそんな餓鬼の手から刃を取り上げると、その刃先を仕舞う。
そのままその刃をとりあえず使えないようにしようと自身の上着に仕舞い込むと、 その細い身体を更に抱き寄せてみる。


「……おい、……軋間……!?」

「……」

「……止めろ……!」

「……」

「……なぁってば……」


餓鬼のそんな声に知らぬ振りをして、抱き寄せたその背中を宥めるように摩ってみる。
本来ならばこのような事等せず、殺しあうのが定石だろう。
それでも、何かにもがき苦しんでいる様子を見せている餓鬼を放って置く事は出来なかった。
例え其れが裏切りを受けた後だとしても、オレは餓鬼の事を好ましく思っている。
ならば己が心に忠実になるのが当然だろう。
初めは抵抗を見せていた餓鬼も次第にその動きを止め、オレの上着を握りこみながら緩やかに呼吸している。
餓鬼の身体をこうして抱き寄せるのは今までに無い事であったが、やはり悪くは無い感覚だと一人思っていると不意に餓鬼がオレの首元に顔を寄せたまま囁いた。


「……なんのつもりだよ」

「……其れは此方の台詞だろう……」

「……同情のつもりか?……鬼も敵の涙には弱いんだな」

「……」


その様な悪態を吐きながらも顔を上げない餓鬼にオレはそのまま顔を寄せ、耳元に言葉を流し込む。


「……そうかも知れんな。……だがお前で無ければ、首を砕いているところだ」

「……」

「……そろそろ理由を聞かせてはくれないか」

「……だから……単純に……」

「単純に『復讐』か?……其れにしては時期も事に及ぶ速度も遅すぎるだろう」


オレは餓鬼の背を摩っていた手の片方を動かし、さらさらとした絹糸のような髪を 撫で梳かす。
そうして餓鬼の髪を梳いていた指先をそのまま餓鬼の首筋に添わせ、其処を撫で上げた。
指先に触れた筋が緩く動くのを感じていると顔を埋めたままの餓鬼が聞こえないくらいの小さな声で囁く。


「……そんなのアンタが知ってどうするんだよ……」

「此方はお前に殺されかけたのだぞ?……其れを知る権利はあるだろう」

「……」

「お前が言うつもりが無いのならば……無理矢理にでも聞かせて貰うが」

「……ッ……う……」


そう餓鬼に言いながら首元に這わせた指先に力を込める。
途端に息を詰めた餓鬼は僅かに身体を震わせた後、その声に躊躇いを滲ませながらも ゆっくりと語り始めた。


「……アンタは俺の仇だ」

「そうだな」

「……でも、……アンタの傍に居て、話をして、……時たま酒を酌み交わして……」

「……」

「本来ならそんな……『有り得ない』事が、……」

「……七夜?」


其処まで語り終えた餓鬼が黙り込んでしまうので顔を上げさせると、俯いたままの餓鬼は微かに眉を寄せ苦しげな表情をしているのが分かった。
暫し互いに黙ったままで居ると、俯いている餓鬼の髪を風が揺らしていく。


「……アンタに刃を向けたらきっとこの可笑しな状態も全て元に戻ると思ったんだよ」

「……」

「でも、……アンタがあんな顔するから」

「?」

「……気がついてなかったのか?」


オレの思いを汲み取ったらしい餓鬼がその顔を上げ、複雑そうな顔のままそっと笑った。
その笑みが何処か寂しげに見えて首筋に添わせていた手を頬に添える。
そうしてそのまま滑らかな頬を撫で摩ると餓鬼が目を細めた。


「……お前は先ほどからそう言うが……別に普段通りだっただろう」

「……普段通り?……あんな、如何にも『酷く傷ついた』みたいな顔して良く言うよ」

「……」


そう言われて初めてオレは餓鬼がオレに刃を向けた時に少なからず心が軋んだ事に気がつく。
そうして其れはそれだけ餓鬼の事を信用していたという事だろう。
―――其れはある意味当然の事ではあるのだが。
オレは未だに眉を寄せたままの餓鬼に今まで伝わっていると考えていた思いを吐露する。


「そうか。……まぁオレはお前を好いているからな」

「……は……?」

「どうした、そんな狐に抓まれた様な顔をして」

「……え、……だって、……いきなり……」

「言っただろう、『お前で無ければ首を砕いていた』と」

「…………」


顔を赤く染めた餓鬼に追い討ちを掛けるかのようにオレは今まで伝えていなかった思いを言葉に乗せていく。


「……そもそもオレが何も考えずにお前を隣に置いておくと思うのか」

「……」

「その上、簡単に首元を狙われるなど……有る訳が無いだろう」


オレは再び顔を俯かせようとしている餓鬼の頬に当てた掌にほんの少しばかり力を込め、逃がさないようにする。
そのままその色素の薄い瞳を覗き込みながら、敢えてゆっくりとした口調で囁いてやった。


「……それだけ、お前を好いていると言わなくても分かっていると思っていたのだがな」

「もう……分かった、……分かったから……軋間……手、離せ……」

「……ダメだ」

「……おい……!?」


オレは餓鬼の頬に当てていた手を餓鬼の後頭部へと這わせ、その身体を抱き寄せ口付ける。
口付け離れた直後は慌てた様子だった餓鬼は暫く抵抗を見せていたが逃がさないように抱きしめているとその抵抗を止めるのが分かった。
思ったよりも素直なその反応に薄く笑うと餓鬼が小さく舌打ちをしてから此方の上着を握りこんでくる。
今度はそんな餓鬼の耳元にそっと口付けると耳を押さえた餓鬼が真っ赤な顔をして此方を見上げてくるのを微笑む事で返したのだった。



-FIN-






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