(出会わなければ良かった)
砂埃が舞う視界の端に映る男の影を見ながらそう思う。
戦場に赴くというのにも関わらず、毎度の如く丁寧にセットされた前髪がゆらりと揺れ動き、先ほど倒したばかりの敵部隊が遺していった地面に転がる大量のデスボックスをしゃがみこんで漁っている男の頬には、返り血なのか微かに赤い雫が飛んでいた。
普段はごちゃごちゃとよく回る滑車のような唇も、何部隊か数えるのすら億劫になる程の漁夫の利を狙う敵部隊を片付けた後には流石に大人しくなるらしい。
逆に黙り込んだ男は、その喧しい声が無いだけでまるで同じ格好をした別人のように思えた。
余りにも他の【レジェンド】であるメンバーの能力や戦闘経験が豊富であることから、世間的に何かとヤジを飛ばされがちな男ではあったが、その実、戦いにおけるセンスは俺よりも高い。
例えば、スラリとした長い手足であったり、その先についた程よく長さと太さのある器用な指先と、実戦を行い続けているせいで、もはや消えてなくなる事の無い銃ダコの出来ている掌であったり。
それらが鍛え上げられた筋肉と逞しい骨に支えられて、男の持っている先天的な凄まじい瞬発力で滑らかに動く時、俺はその手の中に収まった銃から撃ち出される弾丸を避けるだけで精一杯になってしまう。
事実、【ゲーム】内でキル数勝負をしたりする時は五分五分であるものの、男からからかい混じりに時折誘われる射撃訓練場での1on1では、向こうの方が一枚上手であった。
けれど、それは単純な実力だけの問題では無いのを嫌と言う程に俺は承知していた。
精神的な面で人間という生物は驚く程にパフォーマンスが変わる。それが良い作用をもたらす時もあれば、悪い作用をもたらす時もあるのは何かしらに注力した事のある人間ならば、誰しもが知っている事柄の筈だ。
最悪な気分になるくらいにここ数ヶ月の間、俺はそれをほぼ毎日のように実感させられている。
馬鹿げた話だ。こんな思いをするために俺はこの場所に来たワケじゃない。
分かっているのに、こうしてコイツと同じ部隊で戦う時、それから、ニヤついた笑みで俺を射撃訓練場に誘う男に皮肉を返す度に、俺はどうしたって押し込めた筈の"何か"が溢れそうになるのをどうにか押し留めている。
その感情を吐き出す代わりに引き金にかけた指が震えるのだ。
この後、きっといつもみたいにコイツは飲みに誘ってくるのだろう。
そんな浅ましい願いと希望を撃ち殺したくて、近頃は銃を握っていた。
「クリプト?」
デスボックスを漁り終えたのか、立ち上がり顔を上向かせた男が頬についている血に気が付き、その太い指先でそこを拭う。
そしていつものニヤついた笑みを何故か引っ込めたままの男はこちらに近付きながら俺の名を怪訝そうに呼んだ。
そのいかにも『心配しています』という顔をするのを止めろと叫び出しそうになる。
眉まで通る微かな傷跡が、瞬きの為に閉じた目蓋の上に伸びていて、その奥には柔らかなヘーゼルカラーの瞳。
さっきまでこちらを狙っていた敵部隊に向けていたのとは全く異なってるのだろう感情を滲ませた虹彩が俺を捉えると緩く細まる。
雲の隙間から落ちる微かな陽光がそんな男の嫌味なほどに整った顔を照らした。
コイツは俺の事なんて"友人"とすら思っていないというのに。
「お前、まだ血ついてんぞ?ちゃんと取らないと、皮膚に染み付いちまう」
ぐ、と硝煙の匂いがする親指で頬を拭われる。
この男が本当に愛する相手に見せるのはどんな顔なのだろう、こうして肌に触れる時の温度は? 愛を囁く時の声の高さはもっと、あがるのだろうか?
なんとも思わない相手になら、優しくなんてしないでくれよ。
優しさや慈しみなんてそんなモノは、この身体には必要無いのだから。
俺を鈍らせないで、この殺意と復讐を誓う心だけが"俺"という存在を赦してくれるのに。
ぐちゃぐちゃになりかけた思考を敢えて停止させて麻痺させる。
【クリプト】にも【キム・ヒョン】にも不必要なこの感情の名に、俺はまだ出会いたくなかった。
「……お前だってそうだったろ、ウィット」
「全く、すぐそれだ。礼くらい言えよな、……いや、でもマジで言われるのもビビるかもな。ハハハ。……あ、お前、今日も俺の店来るだろ?」
当然とばかりに投げ掛けられた言葉に、脳内で騒ぐ自分の額に銃を向けながら、俺はいかにも仕方がないな、というありきたりなポーズを作りながらそっと頷いた。
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