Blanc Noel



 エリオット・ウィットは浮かれていた。

 世間はクリスマスシーズン。エリオットだけではなく、世の中全体が浮き足立つ時期ではある。
 エリオット……すなわち、ミラージュは砂漠地帯の多いソラス出身な事もあって、寒さには強くないものの、クリスマス特有の空気感は賑やかさを好むミラージュの肌にあっているのをハッキリと自覚していた。

 煌びやかなイルミネーションや華やかな音楽に加えて、町中に美味そうな匂いを振りまく色鮮やかな料理の数々。
 ミラージュが経営しているパラダイスラウンジも、そんな町中の雰囲気に漏れず、普段以上に内装は明るくし、そうして店内に流れるBMGは皆が聞き慣れたクリスマスソングへと変更していた。
 そうして、そんなパラダイスラウンジはクリスマス以外でも飲めや歌えやの繁盛振りで、クリスマスシーズンは一等の盛りあがりを見せる。

 それに加えて、ミラージュは参加している【ゲーム】で冬の時期に毎年行われるウィンターエクスプレスというイベントのアナウンス兼実況を任されているのもあって、クリスマス付近は【ゲーム】の中でもやる事が特に多い。
 昨日はそのクリスマスイベントもあり、通常時よりも多忙であった【ゲーム】後に買い出しに向かった惑星タロスで毎年行われる大々的なクリスマスマーケットは、そんなクリスマスの楽しい部分のみを抽出したかのような賑わいぶりで、ミラージュと、買い出しに同行していたもう一人のレジェンドは、マーケット内の空気に感化されて珍しく年甲斐もなくはしゃいでいた。

 そんな慌ただしくも充実した日々の中で、ようやく得た久しぶりのオフは、クリスマスイブとクリスマス当日の二日間。
 自宅のキッチンに備え付けられたオーブンの前に立って中身を確認していたミラージュは、顔を上げるとビルトインキッチンの向こうに見える室内に視線を向けた。
 普段は黄色中心のインテリアで纏められた室内は、壁や窓枠に赤と緑を基調とした光沢のある紙で作られたガーランドが取り付けられ、部屋の中央に置かれたダイニングテーブルの向こうには着々と飾り付けを行われているクリスマスツリーがそびえ立っている。
 そのツリーの横に立っている、ミラージュにとっては見慣れた男が四苦八苦しながらも飾り付けをしており、両手にツリー用のオーナメントを持ったまま視線を感じたのかミラージュの方に振り返った。
 そして、黒い瞳がミラージュを視界に映したかと思うと、オーナメントを持つ手でミラージュを手招く。
「なんだよ、クリプちゃん。つける部分壊れてちゃってたか?」
 やに下がった顔をしているだろうと自覚しながらも、料理も殆ど準備が終わったのもあって、ミラージュはキッチンを抜け出して見慣れた相手であるクリプトの側へと寄る。
 昨日のクリスマスマーケットで勢いのまま購入したもみの木は、そこそこ立派な幹をしており、クリプトより約10cm程度低いくらいの葉枝の瑞々しさの残る美しいツリーだった。
 最初はただの緑色だったそのツリーは今や、ボール型のオーナメントやサンタ帽を被ったネッシーのミニぬいぐるみ、全体にはふわふわとした雪を模した白いファー素材のリボンなどを纏わされて随分と可愛らしい様相になっている。
 ミラージュはクリプトの丁寧な仕事具合を感じ取り、うっすらと笑った。今年は恋人となったクリプトと初めて過ごすクリスマスなのだ。
 そしてそんな可愛らしい恋人は、ミラージュが頼んだクリスマスの飾りつけを随分と張り切ってしてくれていたらしい。
 「ほら、最後の仕上げをしろよ」
 「え? いいよ、お前がやってくれたんだからお前がつけたら?」
 「いいんだよ。俺はこっちをつけるから。大体、お前が家主だろ」
 ミラージュの隣に立っているクリプトはどこか得意げな顔をしながら、手に持っているトップスターをミラージュの掌に乗せる。
 もう片方の手に持たれているのは、小さなクルミ割り人形のオーナメントで、クリスマスマーケットでミラージュを見ながら「お前に似てるな」とクリプトが選んだ物だった。
 どこかこそばゆい感情を抱えながら、金色に銀の縁取りを施されたスターを受け取ったミラージュは、目の前のツリーに視線を向けた。

 幼い頃に家族で飾り付けたツリーの記憶が甦るのを感じつつ、そっと手を伸ばしてツリーの頂点にその金の輝きを取り付ける。
 あの時はまだ小さな子供だったから、てっぺんにまで手が届かなくて、兄達に抱き抱えられてギリギリまで腕を伸ばして最後のスターを着けさせて貰った、温かくも遠い記憶達。
 もうあの懐かしい日々に戻る事は二度と出来ないけれど、今はこうしてクリプトと共にクリスマスを過ごせる事が幸せだった。

 ミラージュが思い出に浸りながら星を取り付けたのと同時に、隣に立っているクリプトが手を伸ばしてツリーの一番目立つ場所にオーナメントを付ける。
 キラキラとライトを浴びて輝く星の下に吊られた、黒い帽子に黄色の衣装を着た笑顔のヒゲ面の人形がクルクルと回るのを指先で押さえつつ、クリプトが楽しげな笑みを浮かべた。
 「さて、俺の仕事は終わったぞ。……お前は?」
 煽るように囁かれた言葉に、ミラージュは丁度いいタイミングでキッチンから聞こえてきたオーブンの通知音を示すように一度瞬きをする。
 先ほどから漂ってきている美味そうな匂いは、オーブンを開ければさらに室内に広がるだろう。
 お手製のターキーは腹の中に様々なハーブを入れ込んだ上で、栗をメインにしたスタッフィングを詰めてあり、それに合うようにクランベリーソースも果肉を潰して一から用意してある。
 ターキー以外にもクリプトが好きだと言っていた唐辛子をアクセントにした鯛とタコのセビーチェなども冷蔵庫にはたっぷりと仕込んでいた。
 ニヤリと笑みを浮かべて、ミラージュは両手を広げつつ声をあげる。
 「ちゃーんとバッチリ準備出来てるぜ。頑張って料理仕込んだ俺に、クリプちゃんから愛のハグをしてくれても構わないんだぞ」
 「……まずは味見をしてみないとな」
 「お前、さては相当腹減ってんな? まだ夕方なんだが」
 「悪いか」
 悪かねぇけどよ、とミラージュが即座に返せば、ふん、と鼻を鳴らしたクリプトに苦笑する。
 開き直るような態度をする所がクリプトらしい。この男は大概、素直じゃないのだ。
 そういう所がミラージュにしてみれば好ましい部分の一つではあるのだが。
 「じゃあ準備手伝ってくれよ」
 「いいだろう」
 「やっぱり即答じゃねぇか。腹ペコ爺さんめ、ケーキもあるんだから食べ過ぎるなよ? 歳なんだから……いてッ」
 「一歳しか変わらないだろうが。それを言ったらお前だって『近頃胃の調子がダメかも』とか言っているクセに」
 「バカ言え、まだまだ大盛りだって食えるさ。たぶんな。……さっぱりした料理なら? まぁ、今日のメニューは量より質って感じだから安心しろよ」
 カラカラと笑ったミラージュがキッチンに向かうのに倣って、付き従うように動き出したクリプトが、刈り上げられたミラージュの後頭部をペチリと指先で叩いた音が小さく響く。
 キッチンに向かう僅かな間ですらも軽口の応酬が飛び交うものの、二人の合間には温かな空気が漂っていた。

 □ □ □

 「美味かった?」
 「あぁ。……美味かった、ありがとう」
 テーブルの上に置かれた皿の上の料理は殆どが食べ尽くされ、クリプトの前に置かれた、空になりかけた細身のシルエットをしたシャンパングラスにミラージュがシャンパンのボトルを傾ける。
 白く泡立つシャンパンを眺めていたクリプトは、今度は逆にミラージュの手からボトルを受け取ると、ミラージュのグラスに酌を返した。

 カーテンの隙間から覗く窓の外はもう暗く、寒いのか窓がほんのりと曇っている。もしかしたら、明日はソラスにしては珍しく雪が降るかもしれないとニュースでキャスターが子供っぽい笑みを浮かべて話していたのをミラージュは思い出していた。
 そうして目の前に座るクリプトに目を向ける。
 腹一杯食べて満足しているのか、その表情は【ゲーム】の時よりも数段柔らかく、目元は酒のせいでまろやかに赤みを帯びている。
 こんな風にクリプトがミラージュの前でリラックスした姿を見せるようになったのは、本当につい最近の事だ。

 そもそも、ミラージュはクリプトと付き合う事になるなんて欠片も想像していなかった。
 ミラージュにしてみれば、クリプトの第一印象は、いけ好かない秘密主義かつ被害妄想の激しい皮肉屋な男。
 けして分かり合えないと思っていたのに、軽口を叩き合う仲はどうやっても心地よくて、その内、クリプトの脆さと強さを知った。……だから、欲しくなってしまった。
 どうしたって面倒な事になるだろうというのは既に分かっていて、そうして、ミラージュはそのような道を進むのは出来る事ならば避けるタイプだった。
 それでも、そんな葛藤を押し退けてまでも、クリプトに触れられる一番近い場所に居たいと思う。
 きっと同じような事をクリプトも思っているのだろうと、初めてミラージュの腕の中に収まったクリプトを見た時にボンヤリとミラージュは考えていた。
 そうでなければクリプトという男がミラージュの傍に居るというのがあり得ない話だったからだ。
 だから、今この瞬間、ミラージュは"奇跡"という、か細く交差した線の上に立っている。

 グラスの中に注がれたシャンパンの気泡を目に映しながら、自身の唇にグラスを当てたミラージュは、少し生温くなったアルコールで唇と喉元を潤す。
 じゃあ、いつまで? なんて、くだらない疑問を囁く自分の影を黙らせるように、潤した唇からグラスを離してそこを開いた。
 「ケーキ出すか? タルトタタン、作ってあるけど」
 「いや、流石にすぐは入らないな。別に食えないワケじゃないが、戦略的に考えるとな」
 「ハハ。なんだよそれ。ま、でも、それは同意見だな」
 ミラージュの声に、ふ、と笑ったクリプトがグラスを傾け、酒を呑む姿を視界に入れながらミラージュもまたグラスを傾ける。
 「そういえばクリプちゃんは、サンタさんにお願い事はしたのか?」
 「……それはどういう意味だ」
 「んー……、欲しい物があるんじゃないかって話だよ」
 「欲しいモノ……?」
 ミラージュの事前調査によると、クリプトは近頃出たばかりの膨大な情報処理に使用出来る小型デバイスを欲しがっていた。
 そうして、中々に良いお値段のするその新品デバイスは、見つからないようにクリプトが普段立ち入らないキッチンの戸棚にしっかりとラッピングをして隠してあった。
 余りにも互いに忙しくて、プレゼント交換をしようという話をするのも忘れていたものの、ミラージュはクリプトの喜ぶ顔が見たくて内緒で購入していたのだった。
 だから、クリプトが悩む素振りを見せながらもテーブルの上に置かれたミラージュの手に指先を伸ばしてきたのに動揺する。
 欲しい物を言ってみろと問われて、その行動をする事の意味は流石に伝わるからだった。

 伸ばされた指の先端が軽く突き合わされて、そのままいつもより温かさを宿したしなやかな指が、ミラージュの指の上を辿り、側面を擽る。
 爪と皮膚の境目を撫でたかと思うと、するりと指の股まで重なり合うように握りこまれた。かと思えば、すぐにそれは離されて、掌に文字を書くように小さなデバイスのついた人差し指でクルクルと擦られる。
 ミラージュはそれに応えるように離れかけたクリプトの指の1本1本の形を親指と人差し指で緩やかに掴んで、確かめる。
 上から、下まで、ゆっくりと節を伸ばすように触れる手付きはそのままに、ミラージュが顔をあげると、先程以上に目を蕩けさせたクリプトがミラージュを見つめていた。

 「これじゃあ、俺の方がサンタかもな」
 「それはどうだかな? ……でも、確かに俺の欲しいモノは当たってるよ、相当に優秀なサンタさんだ」
 「……当たり前だろ」
 ふ、と笑ったクリプトの優しい笑みに遂にミラージュの手がクリプトの手を握り込み、湿り気を帯びた唇から熱っぽい吐息を洩らした。
 「食後すぐに動くのも胃に悪そうだけど、今日は特別だよな。なぁ、髭無しのサンタさん?」
 「……共同戦線ってやつだ。美味いケーキを食うなら、少し腹を空かせないと」
 「なんだそれ。てか、ここは戦場だったのか、俺は知らなかった!」
 「そうか……。残念だなウィット、ならお前は仲間だと信じていた俺にあえなく後ろから倒される運命だ。安心しろ、お前の分のケーキも俺が拾ってやるさ」
 わざとらしく神妙な顔をして真面目にそう言ったクリプトに、遂に堪えきれなくなったミラージュが吹き出す。
 そうして、クリプトもまた、神妙な顔を崩して、その口端に弧を描かせて柔く笑った。

 そんな馬鹿馬鹿しいやり取りの合間に繋がれた手を引き合うように二人でチェアから立ち上がり、寄り添う。
 互いに進む先は言わずとも、理解していた。リビングのドアを開け、廊下を進み、ベッドルームの前。
 何を言うでもなく、明るい空気が次第に熱されてしっとりとした雰囲気へと変わり、噛み付くようにミラージュとクリプトはその唇を合わせた。




 次の日の朝、白く染まった窓の外と、ツリーの下に置かれた、ミラージュがずっと欲しいと思っていた有名ブランドの冬用コートとホログラムに関する書籍を見つけて子供のようにはしゃいで喜んだのを見ていたクリプトが、同じくキッチンの戸棚から取り出されたミラージュのプレゼントに驚き、頬を染めて礼を述べる。

 そんな他愛もないクリスマスの朝のじゃれあいを唯一見ていたツリーの上に飾られた小さな人形は、やはり昨日と変わらずに、スターの下で輝く笑顔を浮かべていたのだった。







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