しなやかな曲線の端に取り付けられている少し歪んだ円形の滑車を経由してかけられた、ピンと張った2本のケーブルと1本のストリング。
薄茶色のアルミニウム合金で作製された取り回しのしやすい弓本体部は、少し操作するだけで簡単に収納可能な伸縮性を持つ。
いわゆる、一般的なコンパウンドボウの形状をしたそれを皮手袋越しに撫でたブラッドハウンドは、同じくその武器を背に取り付けたホルスターに差し込んだヒューズにゴーグル越しの視線を向ける。
一見分かりにくいブラッドハウンドの視線に気がついたのか、楽しげに笑ったヒューズは、ブラッドハウンドの持つボセックに目を向けてから晴れやかに笑った。
「お前さんが持ってると全然違和感がねぇなぁ。やっぱり狩人様だからか」
ヒューズの言葉にボセックを操作して縮めさせたブラッドハウンドは、背中のホルスターへとそれをしまい込む。
ボセックに装填する為のアローを格納する矢筒の中で纏まって入っているアローが動いて硬質な音を立てたのを耳に入れながらも、ブラッドハウンドはガスマスク越しのくぐもった声で返した。
「ウォルター、貴方も似合っている。元々使っていたのだろう? 取り扱いに長けているのがすぐに分かったぞ」
「おぉ、流石だなぁ。昔、よく親父と一緒にコイツで狩りに出掛けたモンさ……近頃は30−30リピーターが一番好きだが、コイツも相棒のひとつなんだ」
「そうか。……しかし、今日の勝負も負けるつもりは無い」
ブラッドハウンドのその言葉にニヤリと笑みを深めたヒューズは、眼帯に隠されていない方の目でブラッドハウンドのゴーグル越しの目を見つめ返した。
「この間はお前に負けちまったからな。今日くらいは手加減して俺に花を持たせてくれたっていいんじゃないか? ブラハ」
「無理を言うな。ウォルター、お前と私は互角なのだ。あの時だって危ない所だった」
「ッハハ! お前にそう言われるのは気分が良い。……ま、でも今回は俺も負けられねぇな」
そう低く囁いたヒューズの細められた隻眼には愉しげな色が宿っていた。
そうして、絡んだ視線を受け入れるように先に動いたブラッドハウンドの履き慣らされたブーツの足元で様々な種類、毛足の草木が揺れる。
空に昇る太陽は暖かな温度を伝えるように輝き、ブラッドハウンドとヒューズの周りを包んでいた。
"長閑さ"を絵にしたならば、きっとこのまま額縁を当てればすぐに完成するだろう。
そのくらいにブラッドハウンドとヒューズの間に漂う空気はポカポカと柔らかく揺らいでいる。
「んじゃ、行くかぁ」
「あぁ」
間延びした声でそう言ったヒューズは、細めていた目を戻すとニカリと歯を見せて笑う。
人好きしそうなその笑みは、ヒューズが万人に愛される所以の一つだった。
□ □ □
少し薄暗さを宿した背の高い草木の合間、ヒューズとブラッドハウンドは息を潜めて歩み続けていた。
周辺は巨大な木々が群生している事もあって、その枝葉が空に手を伸ばすように覆い繁っている。
燦々と照り付ける太陽光から二人を隠すようなそれらの葉の影の下、二人はゆっくりと歩んでいた足を止めた。
そうして、どちらとも何を言うこともなく背中のホルスターに手を伸ばし、ボセックを取り出す。
カシャ、と軽い音を立ててヒューズ、ブラッドハウンド両名の手の中でその閉じられていた身を広げたボセックの滑らかな表面が葉から透ける日を受けて光沢を増す。
さらに手を背後に伸ばしたブラッドハウンドは、背の矢筒からアローを1本取り出すと、同じく隣で矢筒からアローを取り出したヒューズに視線を向けないまま呟いた。
「……私は左を」
「オーケー。俺が右だな?」
ヒューズとブラッドハウンドの視線の先、約100mほど先の距離に見えるゆらりとした影が二つ。
それらは地面から近い場所で微かに動いていた。
ブラッドハウンドはヒューズの言葉に答えないまま、持っていたアローの矢筈をストリングの中心部に位置しているノッキングポイントに引っ掛け、ハンドルをしっかりと握り込む。
そうしてノッキングポイントの背部に付けられたDループに引っ掛けたリリーサーを右親指と人差し指で挟み込むと、慣れた様子で後ろへと腕を引く。
凛とした佇まいの中、ストリングがキリキリと引き絞られ、キシ、と微かな音を立てた。
ただ真っ直ぐな視線で獲物だけを狙い、じっと絶好の機会を伺うその姿を見ていたヒューズも、自身のボセックのストリングにアローをつがえて2倍HCOG"ブルーザー"スコープの取り付けられたそこを覗く。
どちらも何も言わず、ただ殺気は押し殺し、キリキリと指先にかかるテンションだけは均等に引ききる。
どちらも極限まで引かれたストリングがもう一度軽い音を立てた瞬間、左側の影が慌てたようにその身長を伸ばした。
その一瞬を逃さぬようにブラッドハウンドの指先がリリーサーから離され、風を切る音を響かせたアローが一直線に飛んでいくが、頭部へのヒットには至らない。
だが、すぐさま矢筒に手を伸ばしたブラッドハウンドはさらにアローをつがえて青白い燐光を纏い逃げる獲物へとさらに撃ち込んでいく。
背後から確実に肉体目掛けて迫り来るそれらを軽やかに避けて、近くにある遮蔽物へと逃げ込んだ獲物に、ブラッドハウンドは一度スコープを覗いていた目を離してため息を吐いた。
その隣で、ヒューズは確実に右側の獲物の頭部へとアローをヒットさせ、よろめきながら緑の淡い尾を引きながら逃げようとする獲物の足元を確実に二発目のアローで撃ち抜いていた。
草むらの中にドサリと倒れ込んだその身体の前に、先に逃げた獲物がポータルの先端を繋げようと試みているのを察したヒューズは、さらにもう1本アローを矢筒から取り出したかと思うと、的確に頭部側面を撃ち抜く。
そうしてもう一体がドサリ、と鈍い音を立てて倒れ込んだ瞬間、フィールド全体に無機質なアナウンスが響き渡った。
『5キルで新しいキルリーダーが確定しました』
アナウンスの声にヒューズが引き締めていた顔を緩めて笑みを深めたかと思うと、隣で佇むブラッドハウンドへと軽くウィンクを飛ばした。
ウィンクを受け止めたブラッドハウンドは、微かに肩を竦めてから持っていたボセックを背中のホルスターへと戻して不満げな声をあげる。
「……主神の意思はまだ分からないものだ、ウォルター」
「お前さんは本当に意外と負けず嫌いだよなぁ」
「そんな事はない」
「フハ、見えてないからってこのヒューズの目は誤魔化せないぞ。……まぁでも確かにまだまだ【ゲーム】は始まったばかりだからな」
軽口を叩きながら、ヒューズもまた手早くその手に持っているボセックを背中のホルスターへと戻す。
キラキラと光を受けたその武器は、当たり前のようにその場所へと収まり、つい先程、人を射殺したのを感じさせない美しさを纏っている。
そうして、自分達が殲滅した部隊のデスボックスの元へと歩み出したヒューズとブラッドハウンドもまた、次の移動場所の相談を明るい雰囲気で語らっていた。
まるで、本当に野山にウサギ狩りにでも来たかのような二人に聞こえるくらいの近い場所で他の部隊がぶつかり合っているのか、突如激しい戦闘音が響く。
「おっ! やってるなぁ、早く物資を漁って俺達も行こうぜブラハ」
「了解」
そう言ってデスボックスから2本のアローを取り出したヒューズに、ソワソワとした様子のブラッドハウンドが返す。
そんな二人の背中を、中継用のカメラドローンだけが映し出していた。
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