人は見た目が九割とはよく言ったもので、その論はあながち間違いでは無いだろう。
パク・テジュンとしての人生をいきなり失い、キム・ヒョンとして生き続けるのを選択した際に真っ先に行ったのは、自分の姿を変える事だった。
そして一番手っ取り早く印象を変える手段は、服装と髪型を変える。それに尽きる。
だから運営からいきなり渡された【ハイプビースト】と名付けられたスキン一式を見た時は、何事かと思ったものだ。
派手な蛍光色がメインに据えられたジャケットに、同じように派手な金色のコーンロウスタイル。
極力目立たぬように、と日頃からスキンの注文をつけている自分にしてみれば、随分と目立つ服と髪型だった。
その上、嫌みったらしく書かれた【パク・テジュン】と言う襟裏の文字に『これは一体、なんですか?』なんてシラを切る羽目にもなった。
だから、俺自身は余り【ハイプビースト】のスキンを好んで纏うことはなかったのだが、逆にたまに着るスキンだからこそ、アウトランズの観客達からの評判は中々高かったらしい。
普段は目立つ事を嫌がる俺が、言葉とは裏腹に目立つ格好をしている場面にレアリティを感じるという群衆の心理は理解しがたい。
驚くくらいに腹部が丸々出ていて、こちらとしては戦闘時の防御力が下がるのを懸念するくらいだというのに。
とはいえ、自分が纏っている【ハイプビースト】スキンがすこぶる人気なのは間違いなかった。
そうしてそこから派生して現在【ゲーム】用施設の廊下に響き渡るくらいの声量で俺の隣にて、ぺちゃくちゃと話し続けている男も、俺の【ハイプビースト】と同シリーズのスキンを運営に渡されて、かなり上機嫌なようだった。
「いやー、お前の驚く顔が見られて嬉しいぜ。ワッツと俺達がお前とお揃いのスキンを渡されたのは新作発表会の時まで絶対内緒にしようって話し合って決めてたんだ! ほら、先に知っちまったら喜びも半減しちまうし……ワッツの猫ちゃん耳も可愛かったよな? 勿論、俺のゴーグルもだが。ほら、これ下げたら目の所が?になる!」
その楽しげな声に前に向けていた視線を隣のミラージュに向ける。
確かに頭に取り付けられたオレンジカラーのゴーグルには蛍光緑で?マークが刻まれていた。
そうしてそれを弄っている手はいつもの指先が出ている革製グローブではなく、機械を操作しやすいように黒と金のミツバチのようなカラーをしたアルミニウム製デバイスで覆われている。
あくまでも俺のスキンをモチーフにしているからだろう、首から鎖骨付近までブロック状に付けられた金属デバイスも、いつものコイツには無い要素だった。
そんな見慣れぬ姿を微かにオレンジ掛かった視界の中で緩く観察する。
胸元には用途不明なオレンジのミニボディバッグと、ごつめの金のネックレス。
その下に覗くミルクチョコレートのような色艶の良い褐色の鍛え抜かれた腹筋が妙に目に染みて、さりげなく見回していた視線を反らした。
正直な所、この男は見目が良いのと顔立ちが濃いせいでこういう明るい色味の衣装がよく似合う。
「なんだよ、ノーコメントか? ワッツには可愛いって言ってたクセにさ。俺にだってちっとくらいは優しく褒めてくれたって良いんじゃないのか、なぁ、おっさん」
「……お前は俺に可愛いと言われたいのか?」
「違うけどさぁ。……折角、恋人同士でお揃いのスキンが出たんだからもっと喜んでくれたって良いだろって話だよ」
「お揃いって、二人だけがペアルックなワケでもあるまいし。そもそも、俺はこの衣装は余り着ない」
俺の言葉に、ブーブーと文句を垂れるミラージュを無視してさらに人気の無い廊下を進む。この道の先をずっと進めば男子用更衣室がある。
今日は様々なスキンや新要素の発表用PVを撮るだけだったので、【ゲーム】は無かった。流石に新しい衣装をいきなり泥と血で汚すのはマズイと金なら有り余っているであろうシンジケートでも思うのだろう。
そんな事を考えつつ、隣の男が衣装をもう脱いでしまうのは少しだけ勿体無いような気もしていた。
けれど、それを直接言うのは、自分でも嫌になるくらいのプライドが邪魔をする。
俺の言葉に黙り込んだミラージュの気配がさらにこちらに近付いてくるのを感じつつ、それでも前を向き続ける。
いつもならエンジニアブーツで立てられる足音も、紫を基調としたダッドスニーカーを履いているからかそこまで反響せず、ミラージュの声だけがより一層辺りに広がり鼓膜を揺らした。
「そんな事言いながら、お前、俺とワッツがこのスキン着て出てきた時に笑ってただろ。嬉しい時はハッキリ嬉しいって言うべきだと俺は思うぜ」
「分かった、分かったよ。お前とお揃いのスキンが出て心から嬉しい……これで良いか?」
「ったく、ちょっとは棒読みなのを隠せったら」
互いに軽口を叩きつつも視線は前にしたまま、廊下の途中にあるトイレへと向かう。
これでミラージュを振り切れると思っていたというのに、隣に居る男はまだ納得出来ていないらしく、トイレのドアを開けて先に中に入った俺を追いかけるように共に入ってくる。
押し合い圧し合いの様相で入った男子トイレ内には他に人は居なかった。
「おい、どこまで着いてくる気だ」
「だってクリプちゃんが……」
流石にそれに呆れ返って声をかければ、急にモゴモゴと言葉を濁したミラージュが小さく呟く。
そんなミラージュに直接視線を向ける前に、ドア側から向かって左にある広々とした洗面台が目に入った。
常に清掃が入っているからか、それともこのトイレが殆ど使用されないからか、美しく磨き上げられた白い洗面台の向こう。
そこには壁一面といって支障無いくらいに巨大な鏡が設置されており、見慣れぬ姿の俺と、そうして見慣れぬ姿の男が立っていた。
そうしていかにもパーティーを好みそうな目立つ姿のミラージュは、どこか寂しそうな顔をして俺を鏡越しに見遣ってくる。
見た目の派手さと、本来の子供っぽさが混ざりあったその姿に思わずゆるりとため息を洩らした。……別にコイツが嫌いなワケじゃない。
ただ、認めるのが何となく気恥ずかしかっただけで。
「ウィット」
鏡から目線を外し、ようやく隣に居る男と目を合わせる。
途端にその顔全体で嬉しそうな表情をしたミラージュに、俺はついに根負けした気がして、口端で笑った。
「……よく似合ってる。俺よりもずっと、お前の方が」
「本当か?! そうだよな、俺も実はちょっと運営に案を出したんだ! 折角お前とお揃いなら気合い入れたやつが良いなと思ってさ、この腹の所の文字とかも最初はお前と同じ字体のが良いかって言われたんだけど、そこはもうちょっと違うのが良いって言ったんだよ」
「そうか」
褒めた途端にまたもやよく回る舌が言葉を並べ立てる。
そして自身の腹を撫でたミラージュの手つきに釣られるように目を移せば、飾り文字で【Bamboozled】とミラージュらしい文言が刻まれていた。
そんな滑らかな曲線を描いた文字に、思わずそっとポケットから片手を出すと、金属デバイスの取り付けられた人差し指でなぞるように触れる。
初めはBから、流れるように書かれたa、そうしてmまで触れる頃にはぺちゃくちゃと話していた筈のミラージュの唇が閉じられていた。
そのまま見上げるように顔をミラージュへと向ければ、困ったような顔をしたミラージュとサングラス越しに見つめ合う。
「ん、あの……クリプちゃん……」
「お前らしくて良いんじゃないか」
「……そうか。そうだよな。なぁ、ずっと気になってたんだが、これ髪の毛はどうしてるんだ?」
そう言って今度はミラージュがこちらに手を伸ばして、頭部に触れてくる感覚を享受する。
編まれた髪の房を撫でる指先の圧が何となく伝わってくるのが心地良い。
薄い人工皮膜を使用して作られたウィッグは、ピタリと頭部に密着して、試合中でも殆ど違和感が無いくらいの代物だった。
だから引っ張られて痛む事はなくとも、ある程度の感覚は伝わる。
そのまま、ゆるゆるといつものように撫でられる頭に、自然と目を細めてしまう自分を理解して苦笑した。
「これはウィッグだ。蒸れもしないし、被っている感覚もないから相当高度な技術でも使っているんだろう」
「ふーん……確かに、つ、……継ぎ目……? とかも全然見えないもんな」
「……あぁ」
そう言って額に指を這わされ、冷たい金属の温度が肌を撫でる。
額から、今度はサングラスの横を伝って耳に移動したミラージュの指が、つけられたオレンジのピアスへと向かう。
それに意識を取られかけたタイミングで、ミラージュの顔が近付いて軽いキスを仕掛けられる。
だが、カチャリという音と共にサングラスがそれを阻み、目の前まで来たミラージュが不満げな顔をしてこちらを見ていた。
たった一枚の薄いレンズの反対側だというのに、高い鼻梁につけられた金色の装飾が、どこか遠くに見えてしまう。
俺は自分でもらしくない、と思いながらもミラージュの手を取ってトイレの一番奥の個室へと向かった。
磨かれたリノリウム貼りの床が、キュ、とスニーカーの底と擦れて音を鳴らしたのと同じタイミングでトイレのドアを開けると、男二人ではかなり狭い場所にミラージュを先に押し込み、ドアを閉める。
何か言いたげなミラージュに何も言わせないように髭の生えた顎先から頬に手を当てれば、ミラージュの手が俺のサングラスに伸びてそれを丁重な手付きで外して、こちらのジャケットのポケットにねじ込んだ。
一瞬の沈黙、それから、もう見慣れた長い睫毛を伏せたミラージュの顔が近付いてくるのを受け入れる。
ピタリと触れあわせた粘膜と、ミラージュの鼻につけられた金のピアスを模したアクセサリーが頬を擦っていく。
そこで引こうとしたミラージュの厚い唇に舌を這わせれば、少し困惑を見せたミラージュの片手が腰へと回る。
どこまで許されるのかを測っている様子のミラージュから回された手の力はいつもよりも弱い。
だから、ほら、やってみろ、とばかりにミラージュの左膝を自分の右膝で衣服越しに擦れば、もう片手で些か乱暴に髪を引かれて上向かされた。
ウィッグだと言ったからだろうか、とピチャリと濡れた音が響く個室でそんな事を思う。
絡めあった舌先が互いの弱い場所を撫で、その度に重なった腹部の皮膚が熱を高める。溶けてしまうなんて、そんなワケも無いのにコイツとのキスはいつだって蕩けるように気持ちがいい。
俺は片手をミラージュのジャケットの下へと這わせ、逞しい腹筋に付けられた金属製の装飾を撫でながら、もう片手でミラージュの髪へと手を伸ばす。
普段よりも長さがあり、簡単に結われた髪の内部へと指を差し込めば、髪を纏めているらしい髪ゴムを見つけ、それを痛まぬ程度に引っ張った。
途端にパラリと散った金糸のような髪がミラージュの顔へとかかる。
そのまま唇を離せば、互いの唾液で出来た透明な橋の向こうにジットリとした瞳で俺を見つめるミラージュが立っていた。
腹を空かせて餌を待ちわびる獣のような目、それから金の髪がどうにも美しい獅子を連想させる。
普段はヘラヘラと底を見せないような笑みを浮かべる男の、心からの渇望を垣間見れるこの瞬間が堪らなく、愛しい。
他の誰も知らないミラージュという仮面の奥深く、"エリオット"という人間が発する感情の最奥を焦がす炎が俺を舐める。
「……途中からわざとだろ? クリプト」
「だったら?」
優しく囁かれる間にも変わらずにジリジリとした炎を宿した瞳が金の髪の間から透ける。
天井に取り付けられたLED蛍光灯の明かりが天井とドアの隙間から射し込めば、いつもよりも色濃く見える瞳がギラリと肉食獣の如き光を帯びた。
食べたいのなら、食べてしまえばいい。
骨なんてもう一本たりとも残ってすらいない。とうに全部お前に渡している。
「それなら、少しくらい齧られたって文句は言えないよな?」
ふぅ、と顔を近付けられて耳奥に言葉と吐息を吹き込まれる。
それだけで普段よりも薄い衣服の下、背筋がゾワリと期待で震えた。
俺はそれに返事をする前に背中に手を伸ばして慣れた手付きでハックを取り出すと、僅かに個室のドアを開けてそれをトイレの出入口付近まで投げる。
そうしてすぐにドローン視点へと変更すると、扉を開閉して出入口の外へとドローンを待機させた。
この場所に余り人が通らないのは知っていたが、念の為だ。
ドローン視点を解除すれば、目の前には飢えた顔のミラージュが今か今かと待ち構えている。
キチンと躾通りに"待て"が出来るようになったコイツへのご褒美だと垂れた金糸を指先で払ってやった。
地毛に限りなく近いが、恐らくエクステなのだろう人工的なそのブロンドがさらりと揺れ動いたのと同時に、噛み付くようなキスを落とされる。
――――人は見た目が九割だと言う。
そして、『人はその制服通りの人間になる』とも。
だから今日はけしていつもなら許さないような場所での触れ合いを許したり、あり得ないような行動をしてしまうのだろう。
俺は自分自身への言い訳めいた脳内の囁きのままに、キスの合間の荒い息を吐き出しながら後ろ手でトイレの個室の鍵を閉めた。
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