首元に赤いペイズリー柄のスカーフを巻き付け、更衣室に置かれた巨大な鏡に自分の姿を映し出す。
テンガロンハットに革製のベスト、胸元にはゴールドの馬蹄と星型を組み合わせたバッジが輝き、黒いデニムの上には牛柄のチャップスを履いたどこからどう見ても最高にイケメンなカウボーイ・ミラージュ様が整えた口ヒゲを撫で付けながらニヤニヤと笑ってこちらを見ていた。
「うんうん、なかなかいいじゃないか。カッコイイぜ! 俺!」
他には誰も居ない施設の更衣室に響く大きなひとり言に一人頷く。
しかしそれだけだと寂しいので、左腕に取り付けたデバイスのコントロールパネルでホログラムの数値を調整してからデコイを出現させると、今の自分の姿と全く同じ格好をしたデコイが俺の背後でこちらの両肩を手で揉みながら右へ左へと顔を覗かせた。
勿論、白い歯が輝く笑顔も全く同じだ。これなら【ゲーム】内でデコイと本物の俺を瞬時に見破る事は難しいだろう。
ホログラム装置の調子もバッチリだ、と鏡の中の二人目の"自分"をデバイスのスイッチを落とす事で掻き消した。
今日はハロウィン。
いつもなら血塗られているこの【ゲーム】もイベントごとには妙に気が利くらしく、毎年ハロウィンやクリスマスにはこうして運営から、本人の希望や運営の独断で仮装用の衣装が提供される。
しかもそのハロウィン衣装はどれもこれもかなり手間がかかっており、【レジェンド】によっては特殊メイクのプロにメイクまでして貰うくらいの気合いの入りようだ。
そうしてそれを着て【ゲーム】を行うというルールがあり、ハロウィン当日限定という事もあって観衆も普段は見る事の出来ない【レジェンド】達の仮装を楽しみにしているのだという。
去年はレイスの魔女の仮装が特に世間では人気だったが、彼女は普段履かないスカート姿を世に晒すのを余り快くは思っていないようだった。
視界を塞ぐ帽子も気になると言っていたが、俺としては別に悪くなかったんじゃないかと思う。ああいう三角帽はデカければデカい程、魔女っぽい。
それに、ジャック・オー・ランタンの被り物を被ったカカシの格好をしたブラッドハウンドや、ピエロをモチーフとした狂気じみた姿のコースティック、そうしてフランケンシュタインの格好をしたジブラルタルに比べたら、レイスの魔女が一番可愛いと思う。
しかしそれを本人に言ったら何故か冷たい眼差しで睨み付けられたのは、苦い思い出だ。
「さて、他の奴らは今年はどんな格好なのか見に行ってやるとするかぁ」
またもやひとり言を呟く唇もそのままに、更衣室のドアを開けて広々とした廊下へと出る。
更衣室に誰も居ないという事は、もう他のメンバーはとっくに着替えを終えて談話室にでも居るのだろう。
カツカツとウエスタンブーツが施設の床と擦れる音を聞きながら、そういえば今年はクリプトも特別な仮装用衣装を配布されたらしい。という情報を聞いたのを思い返していた。
いけすかない奴ではあるが、アイツがどんな仮装で現れるのかは正直、かなり、気になる。
いや、別に見なくたって良いが、とびきり変な仮装ならちょっと笑ってやろう。そんなつもりでクリプト用に割り当てられた控え室の方向へと勝手に進む足を許してやった。
どうせあのギークボーイの事だから、談話室よりは個人の控え室でラップトップを叩いている可能性の方が高い。
そんな事を予想しながら、次の角を曲がればクリプトの控え室という場所を通ろうとした瞬間、ちょうど同じタイミングでこちら側に曲がってきた誰かとぶつかりかける。
「うぉっ、と! すまねぇ……って……クリプト……か……?」
こちらの方が勢い良く歩いていたせいなのか、微かにふらついた相手の腕を咄嗟に握り込みながら思わず謝罪の言葉を発すると、俺の目の前にはまるで別人の姿をしたクリプトが立っていた。
いつも刈り上げられた黒い髪とは違う、青みがかった長髪を後ろに撫で付けオールバックにした上で、一房だけ白く長い前髪を垂らした髪型に、普段の戦闘服として着ている白いコートとは正反対の黒と赤を基調とした革製のロングコート。
首からかけられている装飾を施された巨大な赤い宝石がついたネックレスは頭上のライトを受けてキラキラと輝き、メイクをされたのか普段より数段蒼白い顔についている、美しくカットされたサファイアのような碧く透き通った瞳が驚いたように丸まっている。
俺も俺でそんなクリプトの姿を思わずじっくりと上から下に目を動かして観察してしまう。
「おい、いつまで掴んでる」
しかし先に冷静さを取り戻したのはクリプトの方で、俺が握っている左腕をゆるく振った。
黒いコートは折り返し部分が赤く、白いひらひらとしたフリルが袖口に取り付けられていて、"中世ヨーロッパの貴族風ヴァンパイア"といった所だろう。
掴んでいた手を離してもなお、クリプトを見る目を止める事が出来ない。なぜなら、コイツ、いつも以上に幼くないか?
「……ヴァンパイアなんだな。お前の仮装」
「いきなりそれか? 少しは申し訳なさそうな顔をしてみせたらどうだ、カウボーイ男」
「ちゃんと謝っただろ! ……それよか良いだろ、俺の仮装! お前も悪くはないが、やっぱりミラージュ様のカウボーイ姿には勝てねぇな」
自分でもなぜか慌てていると自覚しながらも、つらつらと口から出る言葉はきっといつもと変わらない筈だ。
はぁ、とため息を吐いた目の前のクリプトは俺を呆れたようにその碧い瞳で見返してくる。
メイクだけではなく、虹彩まで色を変えさせるなんて、なかなか運営も良い趣味をしているらしい。
それにいつもは白い男に黒い服を着させるのも、意外性があって、悪くない。……寧ろ、これは。
そこまで考えて、俺は自分の考えを否定するように首を横に振った。脳内でとはいえ、素直にクリプトを褒めるなんてどうかしている。
とりあえず話題を変えようと一瞬閉じていた唇をまた開くと声を上げた。
「それにしても、なんでこんなとこに居るんだ? どうせお前の事だから控え室に居ると思ってたんだが」
「丁度コーヒーがきれてしまったんだ。それにそっくりそのままお前にその言葉を返してやるよ。一体俺に何の用だったんだ?」
言葉どおりにクリプトの手にはいつもコイツが愛用している白地にネッシーのワンポイント模様が入ったマグカップが握られている。
まさかわざわざお前の仮装を見に行ってやろうと思ってました、なんて言うのもおかしな話だと急いでそれらしい理由を見つけようとするが、うまく頭が回らない。
「は、……別にお前に用があったワケじゃ……」
「嘘をつけ。こっち方向には俺の控え室しか存在しない。どうせ俺の仮装でも見て笑ってやろうという魂胆だったんだろう?」
「うぐっ」
確かにこの廊下を進んだ先には倉庫や使われていない部屋以外にはクリプトに割り振られた個室しかない。
それはわざとこの男が他のメンバー達からは離れた部屋が良いと希望を出しているからだった。
図星を突かれれば上手い言い訳も思いつかず、もごもごと口の中で音にならない言葉たちが浮かんでは消えていく。
「ウィット」
「……なんだよ」
不意にクリプトが俺の名を呼ぶ。
碧い目が天井に取り付けられたライトの明かりを反射しているからか、いつもの黒い瞳とは違う輝きをしていて、それがなんだか落ち着かない。
「お前は【デッドリーバイト】というB級映画を知っているか?」
「…………いや、聞いたこと無いが」
その言葉にいきなりなんの話を始めたのだろうと疑問に思う。
俺の返答に、こちらに一歩足を進めたクリプトの白く長い房になっている前髪が揺れた。
「なんて事は無い、バカな男女五人組が街外れの森の中に打ち捨てられた洋館に肝試しに行く話だ。……屋敷の中で迷った五人は一人、また一人と消えては全身から血を抜かれた状態で見つかる」
「……な、な、……そんなの、なんだ? よくある、ホラー映画だろ? それがなんだってんだ」
クリプトなのにクリプトでは無いようにクスリと笑った男はさらにこちらに一歩、近付いてくる。
周囲には誰も居ない。
「確かに、よくあるヴァンパイアホラーだな。でもなウィット、そのヴァンパイアは血を抜いた仲間のうちの一人にいつしか成り代わっていたんだよ。物語の冒頭のシーンでな」
そこで一度、クリプトは言葉を止める。
俺は返す言葉が見つからずにただ黙って言葉の続きを待つしか出来ない。
「……そうしてラストシーン間際で主人公の男と、主人公の親友が残るんだ? 分かるか、ソイツの正体が」
ゴクリ、と思わず唾を飲む。この流れで行けばどう考えたってその親友がヴァンパイアになる。
そうして目の前には妖しげな笑みを浮かべたクリプトが迫っていた。まさか、そんなワケはない。
「……なぁ、ウィット」
カパリと艶めいた唇が開かれて、マウスピースでもはめているのか、人間ではあり得ない程に尖った牙が覗く。
まさか、その映画の筋書きどおりだとでもいうのか? あり得ない空想が思い浮かぶが、それ以上に蒼い肌とは対照的な真っ赤な舌がチロリと覗くその口の中が妙に、ゾクゾクと背中に妙な感情を這い上がらせた。
「『バカな人間達だ、私の住み処に押し入るなんて。……でも、お前だけは慈悲として、私と共に永久の時を生きる眷属にしてやろう。殺されたくないのなら、今すぐにその首筋を差し出し跪け』」
低く甘い声で耳奥を擽られる。
なんだ、これは、茶番にも程がある。と思うのに心臓がバクバクと音を立てる。
そしてほぼ無意識にそのセリフに返事をしていた。
「……よ、……喜んで……」
こちらの返答に、途端に纏っていた妖しげな雰囲気を消した男は何度か瞬きをした後に、その尖った爪をした掌で口許を押さえる。
笑っているのか呆れているのか、複雑な表情をしたクリプトは口許が隠れているせいで、結局どんな顔をしているのか分かりにくい。
「……ボヤ イゴ」
そして聞こえないくらいの小さな母国語で呟いたクリプトは、その口許を覆っていた掌を離した。
この男は何かあるとすぐにこちらが分からないだろうと高を括って母国語で話し出す。
流石にこちらも何度となく言われる、『バカ』とか『アホ』という言葉は調べて理解出来るようになっていたが、今回の言葉は何を言っているのかてんで分からなかった。
「お前ッ、また俺をバカにしただろ?!」
「……はー、もう、俺はコーヒーを淹れにいく。お前とのおかしな会話に付き合っている暇は無い」
そのままそう言ったクリプトの表情は、またいつもと同じ無表情に戻ってしまっていて、何を考えていたのかは分からない。
コイツはいつも何を考えているのか理解しにくいが、それでもそんなクリプトの事が気になってしまうのはなぜだろう。
そうして俺の横をすり抜けたクリプトを追いかけるように、自分もそちらの方向へと足を動かす。
コイツの部屋に行くつもりだったのだから、こんな場所に一人で残されたってやることなどなかった。
「待てよ、俺も行く!」
「なんだよ。着いてくるな」
コツコツという足音が二つ響く中、クリプトを追い抜きつつ、その手に持たれたマグカップを奪い取ると、施設内で簡易的なキッチンとして使われている場所へと足早に向かう。
「この俺が、特製コーヒーを入れてやるって言ってんだよ!」
「あ、バカ!俺の前を歩くなっ……それにマグカップを返せ!」
こちらを追いかけてくるドラキュラ姿のクリプトと、カウボーイ姿の俺が言い争いながら互いに相手に負けたくなくて、キッチンに向かって最初は競歩程度だった状態から、徐々に速度を上げて走り出す。
そんな子供じみた行動をしている俺達と廊下の途中ですれ違った施設の清掃業務を請け負っているMRVNがモップ掛けをしていた手を止めて、振り向きながら不思議そうに首を傾げて見てきているのを横目で確認しつつも、俺達はその競争を止める事が出来ずに結局、キッチンまでの道を駆け抜けたのだった。
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