拾弐

薄暗い森の中をひたすら駆ける。
町から飛び出たこの身は今夜で消失するだろう。
それを分かっているからこそ、俺は風のような速度で男の元へと向かった。
全てをもう一度、終わらせる為に。

「……っは……」

道無き道を歩みながらけして気配を殺す事はしない。
それはあの男に俺が今、この場所に来ているのだと伝えたかったからだ。
そうして飛び出した先にある丘は、あの夜と同じように丸い月が世界を照らし出している。
あの時に『七夜』としての精算は終わった。
だから本当は蘇ってはならなかったのだ。
だが少女は俺という存在を蘇らせてしまった。
きっと少女なりの必死の願いだったのだろう。それは痛いほどに分かっている。
けれどその消失すべき影が、願いを持つのは許される事ではない。
だから今度は感情を持ってしまった影としての清算を、しなくてはいけない。

「……なな、や？」

そんな事を思いながら月を見ていると、がさがさと背後の木々の間から音を立てながら男が現れた気配がする。
その声に含まれている困惑と、不安感が伝わってきて俺は振り向く事を躊躇してしまいそうになるが、一度息を吸い込むとそっと身体ごと振り向いた。
―――その顔には、出来るだけの笑みを浮かべて。

「……よお」

「何故、……お前が此処に居る」

「言っただろう？……用事を済ませたら会いに来るって」

「……しかし、お前は……」

逡巡を見せた男は呻くように呟いた。その顔は何処か苦しみに満ちている。

「此処に来たら、……消えるのではないのか」

「……そうだな」

俺は目を伏せるようにしながら囁くが、その言葉はしっかりと男に伝わったようだ。
男は複雑そうな顔をしてから俺に近づいてこようとする。
だが俺はその男に対して今度ははっきりと言葉を投げ掛けた。

「来るなよ、軋間」

「！……七夜……」

そうしてポケットに潜ませていたナイフを取り出し、その白銀の刃を音を立てて出す。
月の光に照らし出されたその刃は、泣いているようにも見えた。
しかしその感傷を排除し、俺はただ淡々と男に向かって呟く。

「……俺は、もう一度お前と戦う」

「……」

「……本気でお前を殺すつもりだ。……だから、……お前も本気で掛かって来い」

「何故、そのような事をしなければならない」

「……俺に勝ったら、教えてやるよ」

「……ッ……！？」

俺はそう言ってから男に向かって駆け、その身体に全力でナイフを振るう。
男はそんな俺の行動を読んでいなかったのか、驚いた表情をしながらも両腕で俺のナイフを受け止める。
男の腕の着衣が裂け、其処から微かに赤い血が零れ落ちた。
鮮烈なその赤さに目を奪われそうになるが、その前に低く呟いた男と目が合う。

「……オレはお前が何を考えているかは分からない」

「……」

「だが、お前がそれを望むなら、……それも良いだろう」

「……嗚呼」

その強い瞳に心が震える。
……そうだ、この何にも迷わない瞳に、俺はどこまでも憧れていた。
俺は一度距離を取り、構えなおす。
そうして男はそんな俺を見据えながらその目を一度伏せてから見開く。
途端に男の周囲に熱い空気が渦を巻き、そうして一気に炎を巻き上げた。
あの日となにも変わらない、その圧倒的な力。そうしてその心。
もう一度この男と本気でやりあえる、それがこんなにも嬉しく、そうして苦しい。
男と同じように俺も一度目を伏せ、その思いを沈める。
自分から男に挑んだのだ、迷いは出さない。

「……さぁ、……始めよう」

「…………」

そう呟いた俺の台詞は宙に舞って、そうしてそのまま掻き消えていった。

□　□　□

「っそら！」

「……」

薙ぐように振るったその刃は男の身体に届く前にかわされてしまう。
なので今度はその振るった勢いそのままに蹴りを放つが、それは男の腕によって阻まれてしまった。
俺はそのまま滑るように腰を落とし、男の背中を取ろうと構えを取る。
男はそんな俺の動きを遮るように膝蹴りを放ってくるが、寸でのところで俺は瞬時に移動をして男の背中、斜め上空に現れた。
そうしてそのままその男の背中に切りかかろうとするが、それは男が巻き上げた炎によって防がれてしまう。

「……っく……！」

その赤い炎に目を焼かれそうになり、咄嗟に両手で防御しながら空中でくるりと身体を反転させ、地面に降り立った。
何処から攻撃をしても男はまるで隙というものが無い。
そうしてどれだけ打ち込む事が出来ても、男の強固な身体は並みの攻撃では傷一つつける事は出来ないだろう。
先ほどは男が油断をしていたからこそ、微かにだが傷をつける事が出来たのだ。
そう状況を分析しながらも俺は自分の稼働時間が余り長くは無い事を理解していた。
それは先ほどから何発か男から掠り気味ではあるが貰っている事や、男を撹乱する為にいつも以上に動いている事もある。
俺は考えを巡らせながらも此方を見遣ってくる男を見返す。
その目には俺は一体どのように映っているのだろう。
僅かに生まれた疑問は深く考える前にまた押し殺し、また男に向かって移動しながら切り掛かる機会を窺う。
そうして再び構えから瞬間的に移動し、その懐に入り込んでから切り掛かった。

「……！」

「……甘い……！」

しかしそれを男は読みきっていたのか、炎を纏ったその豪腕が俺の腹目掛けて飛んでくる。
俺はそんな真っ直ぐに伸びてきた男の掌底を間一髪でかわす。
しかし男はさらにもう片方の手で次の一撃を繰り出そうとしてくる。
俺はそれを受け止めるのは不可能と判断し、かちあわせるように斬撃を放つ。
けれど男はその程度の傷など気にも留めないのか、勢いを殺さぬままに此方の腹に攻撃をぶち当てた。

「……っぐぁ……！」

だが俺もそれで負けるわけにはいかないとその勢いに負けないように足を踏ん張り、もう一度ナイフを振るう。
そうして男を捕らえたその攻撃は確かにその首を微かにだが裂いた。
男は流石に予想していなかったのか、そのまま一度後ろへと下がる。
俺は痛む腹部を押さえながら男を見据えると、男はその首元へ手を当て、そのまま血のついている掌を見つめた。
男と戦い始めてからお互いに会話を投げ掛けていない。
それだけ俺はこの戦いに集中していたのだ。
きっとそれは男も同じなのだろう。あの夜よりも男の力は増しているように感じた。
そうして俺はあの時よりもずっと男に食らいついている。
しかしやはり力量が違うのだ。それを痛いほどに感じた。
此方がどんなに神経を研ぎ澄まし、その身体に一撃を加えようと動いても、男はその上をいく。
そうして此方に与えるダメージは一つ一つがどれも大きい。

「……っは、……は……」

それに体力も常に消耗し続けている。
傷が治らない事は別に何も構いはしなかったが、先ほどの攻撃の所為か動きも鈍ってきた。
だから次が最期の攻撃になるだろう。
俺は腹に触れていた手を離し、真っ直ぐ男を見据える。
その背後には、全てを照らすような月が浮かんでいた。
そうして俺を見返している男は、同じように此方を見据えてくる。
―――今の俺の思いその全てを込めた最高の一撃を。
だるくなってきた足に力を込め、構えなおす。
そして握っていた刃をさらに強く握りなおした。

「……極死……」

そのままそう呟きながら、強く握りこんでいた刃を男に向かって全力で投擲する。
そうしてその一直線に男へと向かっていく刃を追うように俺自身も男に向かって駆けた。
『極死七夜』、最大の奥義にして、見よう見まねの模倣に過ぎない。
それでも今の俺に出来る全力の一撃。

「……七夜……！！」

佇んでいる男に対し、その首を捻じ切ろうと飛び上がる。
刃を弾こうと手を動かせば俺の手がその首を捻じ切る。
そうして俺の手を防ごうとすれば全力で投擲された刃がその心臓を貫く。
けして逃れる事は敵わない。
…………だが、俺の手は男の首に届く前に力を失い、腹部に鋭い痛みを感じた。

―――→拾参

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